Atelier DAKEKO

本当の自分と向き合い、愛するための衣装づくり

デザイナーのひとりごと

素敵な詩。〜雀鬼の本より

これは、私の心の「師」と勝手に尊敬している、桜井章一さん(雀鬼)の
『我れ、悪党なり』という本の中で、
「沖縄のローカルな居酒屋のメニューの横に貼ってあった紙に書かれていた文章」
として紹介されている詩です。

これを読んで、なんという自由さなんだろう、って思った。
なんとも言いようのない、心が すっとするような、すとんと楽になるような、
そんな感じがした。

良い人間でいようとか、成長しようとか、そういう、
理想のようなものの縛りさえ取っ払われた世界。

いやむしろ、世間的に「良」とされているものの中から、
優劣で両者を分かつ思想が生まれていることが少なくないんじゃないだろうか、
なんて考えさせられもする。

きっと、この文章の世界に住んでいる人たちは、
ものすごく穏やかで温かく、幸せなんだろうな。

もし、人が完全に自然と一体化して生きることができたら、
こんな感じなのかな、なんて思う。

つまり、「生きている」 という、ただそれだけで、
『愛している』と『愛されている』の両方が、同時に起こっている。

ともかく、この感覚を忘れないよう、ここにシェアさせていただきます。

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この世が完全であった時代には、

誰も価値ある人間に注意を払うこともなく、

権力ある人を敬うこともなかった。

支配者とは木のてっぺんの枝にすぎず、

人民は森の鹿のようだった。

彼らは誠実で正しかったが

自分たちが『義務を果たしている』という認識はなかった

彼らは互いに愛しあい、しかもそれが『隣人愛』だとは知らなかった。

彼らは誰もだますことはなかったが、

それでも自分たちが『信頼すべき人間だ』とは認識していなかった。

彼らは頼りになる人間だったが、

それが『誠』だとは知らなかった。

彼らは与えたり受け取ったりしながら自由に生きていたが、

自分たちが『寛大』だとは知らなかった。

それゆえに彼らの行為は語られたことがない。

彼らは歴史を作らなかった。

〜詠み人知らず〜

桜井章一「我れ、悪党なり」より

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